ぐでぺんLIFE

歯列矯正とか旅行の思い出とか日々のお役立ちとか、いろいろ書いてます。

おじいちゃんとのおもいで

まだ保育園に通っていた頃の、ぼんやりとした記憶。

 

結婚と同時に寿退社し専業主婦をしていた母は、主婦仲間と学区内にあるテニスコートに通っていた。

主婦仲間御用達のテニスコートは、下水処理場の上部利用施設で利用料は格安だった。

その上平日昼間なら予約はアホみたいにとれる。

そんなわけで一時期、週2ぐらいで通いつめていた。

 

主婦仲間の子供達は保育園に通っているラケットの方が大きいくらいで、もちろんテニスなんかできるわけがない。

コートに入っていないお母さんがまとめて面倒を見ていた。

一人で5、6人の子供の面倒を見る。大変だ。

初めのうちは私も相手をしてもらえてたけれど、だんだんとそれもおざなりになっていった。

 

ひ ま だ。

 

持ってきた絵本はどれももう読んでしまった。

他の子とおもちゃで遊んでたけど、それも飽きてしまった。

そうだ、あそこに花壇があったな、お花をみたいな。

階段のとこまでだよ、建物の中には入っちゃだめだよと自分の母親に許可を得て、

そう大きくはない敷地内のちいさな探検が始まった。

 

ゆるやかな勾配の階段をゆっくり降りる途中で、アリがいた。

行列の先をたどる。巣があった。

何をしているんだろう?そう思いつつじっと見る。

ほじくり返したいけど、木の棒も、ましてスコップもない。

ただじっと見る。

 

………

 

うん、飽 き た。

 

お花をみよう、花壇に行こう。

 

階段を降りて、駐車場にある花壇へ向かう。

お花だ。きれい。なんていうお花だろう?

白いふだにあるのは、きっとお花の名前にちがいない。

 

パ…?

う〜ん、カタカナはまだよめない。

こっちの白くて小さいお花は何だろう?

みたことがあるぞ、食べられるのかな?

 

「あれ、なんでここにいるんだ?」

横から聞き覚えのある声がした。 

 

え、おじいちゃんだ。

 

……ほんもの?

 

祖父がそこにいた。本物だった。あやしい人でもなんでもなかった。

定年退職した後の勤め先がこの下水処理場で、草刈りなんかをしていたらしい。

そしたら、見覚えのある顔がそこにいたので、驚いて声をかけたと。

はじめは、孫か別の子か、それともボケたか?とまで思ったらしい。

お母さんがテニスをしにきていることを伝えると、

そーか、そーか、ウチのヨメはテニスをするのかと頷いて、

暑いから気をつけるようにと言って草刈りに戻っていった。

 

おじいちゃんがこんなところにいた!

 

アリよりもお花よりもすごい新発見を話したくて、

急いでコートに戻って、母に報告しにいった。

 

あのね、おじいちゃんがいた!

耳にした母は、ばつの悪そうに「そっか…、お母さんのこと、何か言ってた?」と聞いた。

「なんにも。?」

 

祖父との遭遇が、その日の一番の出来事になった。

 

それからはテニスに行くとたまに祖父と会うようになった。

草刈りをしながら、バッタが飛んだとか、お花が咲いてるとか、

ほんとうにどうでも良いことを、祖父はうんうんと聞いてくれた。

 

もうすぐ田植えの時期の、時季外れの暑い日のことだった。

いつものように母はテニスコートへ、わたしは祖父のところへ向かった。

 

祖父を見つけて駆け寄ると、ちょうど一仕事終えたところのようだった。

これから休憩をとるらしい。

「中に入るか?」

「うん」

祖父について、建物の中に入った。

 

む わ ぁ。

ス ゴ イ に お い だ。 

 

建物の外でもうっすらと遠いところでトイレの匂いがするとおもってたけど。

中はもっと濃くなったトイレの匂いと、うっすらとした洗剤の匂い。

それから、それから…、いろいろ混じったような、

くさいんだけど、ちょっとクセになる臭い。

 

おじいちゃん、こんなにおいのするところで働いてるんだ。

 

祖父が麦茶と花壇でなったといういちごを出してくれた。

甘いのか酸っぱいのか美味しいのか、

匂いのせいか、味はよくわからなかった。

 

「そろそろ行くか。」

そう祖父は言うと、手を繋いでテニスコートまで連れていってくれた。

「おじいちゃん、ばいばい」

「また来いな」

 

それが祖父が一番優しかった記憶だ。

 

 

近いはずなのにどこか遠くに聞こえるお経と、

菊や百合の強い匂いと、線香の匂い。

喪服でぞろぞろと移動する人々。

祖父が亡くなった。

 

私が小学校に上がると祖父は厳しくなった。

女だから勉強なんて要らない、家事をしろと、用事ばかりいいつける。

同居こそしていないけれど、同じ町内に住みしばしば顔を出す祖父を次第に避けるようになっていった。

成人式のときに会ったのが最後で、就職してからは顔も見せていない。

 

「親父は定年後もよく働いてたんだよなあ。

 知ってたか?学校の近くに処理場あるだろ?

 シルバーであそこで働いてたんだよ」*1と伯父が言う。

「うん、テニスコートのあるところでしょう?」

「そうそう。夏になるとスゴイにおいさせて帰ってくるんだよ。

 定年してるんだから、働かなくてもよかったのにな。

 よくあんなところで働いてたよなあ。」

 

立ち込める線香の匂いのどこか遠いところで、優しかったあの日の祖父の匂いが頭をかすめた。

 

「すごいニオイ」#ジェットウォッシャー「ドルツ」


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*1:シルバー人材センター。定年後の就職斡旋らしい