ぐでぺんLIFE

歯列矯正とか旅行の思い出とか日々のお役立ちとか、いろいろ書いてます。

あの町の魔法

最寄り駅から4キロ離れた、田んぼの中にある田舎の集落で育った私にとって、憧れの街は隣の町だった。

 

親に連れられて行った隣町の少し大きなショッピングセンターは、小学生の私にとって想像できる最大限の都会だった。

大きな本屋さんも、かわいい文房具コーナーも、お姉さんが付けるようなリップクリームも、ちょっと背伸びしたい年頃の子が好きそうなものは大抵揃っていた。

何も買ってもらえないのはわかっていたけれど、「そこのお店で売っている」ただそれだけで素敵に見えた。

地元のスーパーマーケットと同じ物のはずなのに、本も文房具も何もかもが、「隣町のショッピングセンターで売っている」というだけで光を放って見えた。

来ている人は皆おしゃれに見えて、きっと近くに住んでいてお金を持ちなんだろうなと思っていた。

人も物も何もかもが魅力的で、まるで都会の魔法にかけられていたようだった。

子供心に、都会には素敵なものがたくさん集まっていて、人も物もキラキラと光を放っているように見えた。

  

時は経ち、中学3年生、高校受験について考える時期になった。

私は割と成績が良い方で、模擬試験では上位6%には入っていた。受験できる学校群の2番手、3番手なら余裕があり上位合格圏内、トップ校なら頑張れば合格できるかもといった学力はあった。

志望校は2番手の公立高校。そこは隣の市だけれど電車通学になる距離の、ショッピングセンターのある隣町よりももっと都会にあった。

都会にある高い学力を要求される学校には、きっと頭も良くキラキラと魅力的な人が集まるに違いない。そんな中で過ごせたらどんなに楽しいだろう。そんなことを考えながら勉強に励んでいた。

 

進路についての3者面談があり、事前に受験する学校を親子で話し合っておくようにとのお達しもあり、両親と私が受験する学校をどうするかの家族会議が行われた。

出席者は父、母、私。妹と弟は会議には参加せずにテレビを見ていた。

父は、子供の頃は運動はそこそこできたが勉強ができなかったと笑う、実家も同じ集落にあり転勤するまで町内会から出たことはない地元の人。

母は、私が育った市から車で約20分の距離の、田舎寄りではあるが地主の家から嫁いで来て、陸上部で県大会まで行ったが勉強は苦手で、父と見合い結婚するまで学校も就職もほとんど地元から出たことが無い人だった。

 

父は公立高校ならどこでもいい、むしろ2番手の学校が合格確実圏内なんてすごいな、留年中退しなければ好きにしろ、というスタンスだったが、母が曲者だった。

私の志望校を聞くやいなや、表情を曇らせなんとも言えない顔をした。

父の話が終わった後、普段から男性を立てるよう言い聞かせる母の口から出た言葉は

「私は反対だ。あんな都会に行ったら派手になる。

 勉強もせずに遊ぶようになるだろうし、遊ぶ金も必要だろう。

 第一、通学はどうするんだ電車通学になるだろう、定期代はどうするんだ。

 家にはお金がない。妹も弟もいて下にお金がかかるんだ。

 お前は女だろう。家のことをちょっとは考えろ。

 どうしてもその高校に行くのならお金は出さない。

 授業料も定期代も自分で出せ。」だった。

 

私の頭の中は真っ白になり何も反論できなかった。

家族会議は中止となり、私は布団にもぐって目の前が真っ暗なまま大泣きした。

あとから隣の家の人に何があったのか尋ねられたぐらいに、最大の声でわんわん泣いた。

 

なんであんなことを言われなければならないのか。

周りの子達は志望校に入るために勉強していて、中には高望みだと志望校のランクを落とすように説かれる子もいるのに。

制服がかわいいを基準に都会の私学を希望する子や、それを勧めてくれる親もいるのに。

私以外にも下が2人以上いる子はたくさんいるし、その子たちは親に勧められて遠くても後悔しないよう学校を選ぶように言われたいたようだったし、兄弟がいるから、お金がないからなんて言われた子は公立高校志望では聞いたことがなかった。

そもそも公立高校に必要な費用ってどこもそう変わらないし、高校に行こうと思えば最低額に近い。そもそも高校に行かせずに中卒にさせるつもりか?

学力が足りなくてどこも受からないとか、勉強したくないから高校へは行かないとかそういう話じゃない。

自分の学力に見合った志望校が都会にあるというだけで、ランクを下げてでも変えさせるなんて発想はそもそもなかったし、聞いたこともなく、自分がそうさせられるなんて。

第一、お金がないお金がないと事あるごとに私に言っているが、父親は正社員で働いていて給料はそこそこにはあるはずなのに。

結婚の際に父の実家が用意してくれた一戸建てに住んでいるから家賃もローンもなくて、言うほど家計は苦しいはずではないのに。

自分は日中働きにも出ず、宗教にはまり込んでいて、しかも一つではない。2つをかけもちして、それなりの金額と時間をつぎ込んでいるのは母親自身なのに。

お前は女だからと言いながら、同じ女である妹には友達と遊びに行くというだけで追加でお小遣いをあげるのに。

家にはお金がない、妹と弟がいて下にお金がかかるからと常日頃から口にして、その実宗教にお金を使っているのも、その真意が「お前に金は使いたくない」であるのも頭ではわかっていたのに。

まさか月5,000円ほどの交通費の上乗せをしたくなくて、都会に出したくない、田舎に縛り付けておきたいからと、ランクを下げて志望校を変えさせるなんて。

志望校に集まるであろう魅力的な人たち、人も物もキラキラと光を放つ都会の魔法、そういったものに対する自分の憧れを否定された悲しさ、反論できなかった自分への悔しさ、ずっと聞かされてきた「お金がない」という言葉に対して、保育園の年長の頃から母親の顔色を伺って金額に過敏になっていた過去。

いろんな気持ちがお腹の中で渦巻いて、どす黒くなっていった。

 

母と父の話し合いの結果、高校には行かせるが志望校には行かせない、家から近い中ランクの県立高校か母の実家寄りの家から10キロある少しランクの高い県立高校しか受けさせない、滑り止めの私立は地元のマンモス校のみ。

母親の要求の満額回答で、私の希望は打ち砕かれた。

自分でお金を稼ぎながら自分の志望校に通う。

バイトをしようにもまだ親の同意書の要る年齢だ。田舎で育った15歳の中学生では無理だ。まだまだ子供。何をするにも親の庇護の下になければ生きてはいけない年齢だった。

志望校に行けないなら、受験すらもできないなら、もうどこでもいいと納得ができないままに自宅から近い県立高校に進学した。

私にとって最大限の都会は、隣町のショッピングセンターのままだった。

 

いざ高校に入学してみると、様々な中学の出身者がいた。市内の中学校から来た子、西の市から来た子、南の市から来た子、そしてショッピングセンターのある隣町から来た子。

全く気がつかなかったけれど、ショッピングセンターのある隣町からもまた一番近い高校で、高い偏差値を要求されないために進学先としてはそこそこ人気があったようだ。全生徒の約1/4は隣町からの進学者だった。

隣町の中学校から来た子たちは可愛い子が多く、どこか洗練されていて、地元の中学出身者の隠そうとしても滲み出る野暮ったさとは真逆の、キラキラとしたオーラを放っているように見えた。

隣町は最先端の大都会ではなく、むしろ郊外で寂れている方なのはどことなく知ってはいた。それでも当時の私にとっては都会の華やかなオーラをまとって見えたのだ。

見た目が可愛い噂の子、入学早々にメイクをしてくる子、スポーツができる元気な子、ひょうきんで人を笑わせる子。そうした子たちは瞬く間にスクールカーストの上位層に駆け上がっていった。

 

スクールカーストの最上位にいる子は、ほとんどが隣町から来ている子たちだった。

彼女たちから聞こえてくるのは学校帰りにマクドナルドに寄ったとか、今日はあの子と、明日は彼氏とプリクラを撮りに行く、ケータイ代が2万を超えちゃった、親に怒られちゃう、金曜日は塾だ嫌だななんて、華やかな話ばかり。

スクールカーストの底辺にいた私から見れば、そこは憧れの世界で、彼女たち住む隣町はいつしか憧れの街になっていた。

ひとつ疑問に思っていたことがあった。カースト上位層に駆け上がり、最上位に居続けるには本人の能力もさることながら、プリクラ代やマクドナルド代、漫画にコスメ、コンビニで買うお菓子代などとにかくお金がかかる。

どうしたらそんなにお金が続くんだろうと不思議で仕方がなかった。彼女たちは「お小遣い5000円ぐらいあるから、なんとかやれてるよ。まあケータイ代は親が払ってくれるけど」「私は月に1万円かな。ケータイ代は自分で払ってる。」と答えてくれた。

 

あまり話題にはしたくないだろうけど、部室でおしゃべりの、たわいのない疑問に彼女たちは答えてくれた。

 

高校2年生の夏の、三者面談の日のことだった。

授業は午前で終わり、午後の部活までの間をベンチで潰していたときだった。

「ここ、いいですか」と誰かのお母さんがベンチに腰を掛けた。どうも三者面談の時間よりもだいぶ早く着いてしまい、時間を潰していたようだった。

目が合い、軽く自己紹介をした。今2年生だということ、理系クラスにいるということ、部活の話をすると、誰かのお母さんは何かにピンと来たような顔をして娘は同じ学年、同じ部活であることと名字を名乗った。

カースト上位で隣町から通っているあの子のお母さんだった。

 

娘がいつもお世話になっています、同じ部活に理系クラスにいったすごく頭のいい子がいると話していたのはあなたではない?

と嬉しそうにお母さんは娘の話をし始めた。

2番手の学校を志望していたが中学3年生になってもあまり勉強をせずに、結局落ちてしまってこの学校に来たこと。

「まあ2番手のあそこなら、落ちても仕方がないかとも思っていたし。塾にも行かせたのにねえ。」

ああきっとお母さんも、娘との会話にでてくる当人を前にして、何気なく話したのだ。

でもその後の受け答えを私は覚えていない。

 

心にムクムクと猛烈に湧き上がって来た想い。

ぽたりと垂れた雫。

 

私も隣町に、あの町に住みたい。

ううん、住みたいんじゃない。

あの子のように、あの町の一員として都会の価値観で育って、志望校を納得できないまま諦めたくはなかった。

勉強を頑張っても否定されないのがとても羨ましかった。

塾に通わせてもらえるのがとても羨ましかった。

ケータイを買い与えられ、使い過ぎちゃったとケータイ代を親に払ってもらえるのが羨ましかった。

毎月のお小遣いで5000円をもらえて、友達とマクドナルドに帰りに寄れるのが羨ましい、友達と撮ったプリクラで、プリ帳を埋め尽くしてしまうのが羨ましかった。

兄弟と差別せずにいてくれる両親と、大勢の友達がいるのが羨ましかった。

毎日のように浴びせられる「お金がないから、家のことも考えろ」という言葉や、

母親の顔色をうかがう必要がないのも、とても羨ましかった。

私が生まれ育った田舎よりも都会の持つ、魅力的な考え方や価値観、たくさんの選択肢。

自分が恋い焦がれて、喉から手が出るほどに欲しくて欲しくて仕方のなかった、でも得ることのできなかったものを、生まれながらに与えられるあの子は自分よりもずっと自由なところにいる。

私だってキラキラとした、華やかな都会の魔法にかけられて生きたかった。

 

  

時は過ぎ、就職を機に夜逃げ同然に実家を出てから6年。

その間に色々なことがあった。就職して自分の自由になるお金ができると、あれほどに欲しかった、たくさんの選択肢が得られるようになった。

あの隣町以上の都会を間近にし、もっと強烈な都会の魔法も味わった。 

あの隣町には行くこともなくなっていた。

たまにニュースで目にしては懐かしさを感じていたぐらいだった。

なのに人事異動で、あの隣町での仕事に関わることになったのだ。

 

あの隣町は再開発されてたくさんの住宅が建ち、賑やかになっていた。

新しいモールに、バスターミナル、マンション、おしゃれなカフェなんかもたくさんできて、交通の便が良いのに自然が多くて住みやすく、子育てしやすい話題の街になっていた。

あのショッピングセンターは、近くにさらに大きいモールが新しくできてお客をとられてしまい、もうすぐ閉店するようだ。

高校生の私が恋い焦がれた、キラキラと光を放つ都会の魔法は、いつの間にか解けてしまっていたらしい。

その代わりと言ってはなんだけれども、今度は住みやすくて子育てしやすい街という、ほっこりと温かな魔法がかかっていた。

 

あの街は、きっと誰かの住みたくてたまらない憧れの街。

街にはたくさんの魔法がかかる。

 

 

 

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by リクルート住まいカンパニー